「年間2600人の命をどう守るか?自動車事故と免許制度の違和感の話」

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自己内観カウンセラーの聖咲洸介です。

今日は、自分の中で感じた「違和感」について書いてみました。

あくまでも私見ですのでご意見・批判等は甘んじてお受けいたします。

セッション1:現状認識 ― 車社会の光と影

クライアント

「先日、免許の更新講習に行ってきたんです。

スマホでの脇見運転についての話が半分くらい占めていました。

でも、よく考えるとラジオやエアコン、昔は自動車電話もありましたよね。

結局、スマホだけが悪者になっている気がして、なんか違和感を覚えました。」

自己内観カウンセラー

「その感覚は正しいです。

昭和時代から車内には運転者の注意を奪う装置が常にありました。

カーステレオや自動車電話、エアコンの操作なども脇見の原因でした。

ただ、スマホは情報量と注意分散の度合いが桁違いです。

LINEやSNS、地図アプリなど、同時に複数の認知負荷がかかるため危険度が高いのです。」

クライアント

「でも、理屈で言えば『車にスマホの電波を通さない仕様の車を標準装備にすればいい』とも思うんですよね。」

自己内観カウンセラー

「それは理想ですが、現実には緊急連絡やナビ、物流車両などに影響が出るため、難しいですね。

現在はApple CarPlayやAndroid Autoで走行中の操作制限をかけたり、

監視カメラや警告装置で注意を喚起する方向に進んでいます。」

セッション2:免許更新の現実 ― 「人数が多い」は理由にならない

クライアント

「更新時の筆記や技能試験は必要だと思うんです。

意識を維持するために欠かせないはずだと思うのですが。」

自己内観カウンセラー

「その通りです。

更新時に試験を行えば、知識のアップデートや運転技能の確認、意識のリセットが可能です。

事故防止には非常に有効。

ただ、日本では対象人数が膨大すぎるという理由で全員に技能試験を課せません。」

クライアント

「対象人数が膨大なんてことは知ったこっちゃない。

そもそも免許の取得が簡単なのがおかしいと思うんです。

命のためならやるべきでしょう。」

自己内観カウンセラー

「おっしゃる通りです。

『人数が多いから無理』というのは行政都合にすぎません。

人数が多いからこそ、試験で一人でも意識を改善すれば、社会全体の事故数に大きく影響します。」

セッション3:交通事故の扱い方 ― 「日常」と「非日常」の差

クライアント

飛行機や鉄道は一度の事故で大勢が亡くなるのでニュースになりますし、運転士やパイロットの資格や更新も厳しい。

なのに、自動車事故は日常の一部として扱われる。

この差が納得できないんです。

人の命がまるで100円ショップのお客と100万円のダイヤモンドを買う客みたい。」

自己内観カウンセラー

「例えが的確です。

鉄道や航空は事故一件で数十〜数百人の命に直結するため、莫大なコストと厳格な管理体制が敷かれます。

一方、自動車は一件の事故で亡くなる人数が少ないため、社会が慣れてしまい『日常』として流されがちです。」

クライアント

「それって、国や社会が命の価値を人数で判断しているように感じます。」

自己内観カウンセラー

「そうとも言えます。

犠牲者一人の命は、鉄道事故でも自動車事故でも同じですが、社会は『一度に何人亡くなるか』で優先度を決めてしまう。

だから自動車事故は軽く扱われがちです。」

セッション4:遺族の視点 ― 統計の裏の「一人の命」

クライアント

「でも、家族や大切な人を亡くした人は納得できませんよ。」

自己内観カウンセラー

「その通りです。

統計や数字の議論はあくまで行政視点です。

遺族にとっては『その一人』がかけがえのない存在で、数値で語られることに怒りや悲しみを覚えるのは当然です。

だからこそ、少しでも事故を減らす努力が必要です。

更新時の筆記や技能試験は、まさにその努力の一つです。」

セッション5:経済との天秤 ― 安全よりも経済が優先?

クライアント

「結局、年間2600人も亡くなっているのに、経済効果の方が大事ってことですよね。」

自己内観カウンセラー

「現実にはそう見える面があります。

自動車産業はGDPや雇用、税収に直結する巨大産業です。

完全な安全を目指すと自動車利用が制限され、経済に大きな影響が出ます。

だから『ある程度の犠牲を容認してでも車社会を維持する』という構造になっています。」

クライアント

「でも、家族を亡くした人の命の重さを考えると、それでいいはずがない。」

自己内観カウンセラー

「おっしゃる通りです。

経済と利便性を重視するあまり、犠牲者の命が『日常の数字』に埋もれてしまっている。

だからこそ、更新時の教育や技能確認を強化するなど、命を守る仕組みを再設計する余地は十分にあります。」

“まとめ“

1. 自動車事故の死者は年間約2600人に上るが、社会は「日常の事故」として軽視しがち。

2. 更新時の筆記・技能試験は、意識をリセットし事故を減らす有効な手段。人数が膨大だから無理という理由は、行政都合でしかない。

3. スマホなどの注意散漫要因は増えているが、脇見運転は昔から存在していた問題であり、根本対策は「運転者の意識」と「制度設計」にある。

4. 鉄道や航空と比べて自動車事故が軽く扱われるのは、事故規模と経済優先の社会構造による。

5. 家族を失った遺族の視点では、統計や制度理由は通用せず、命を守る仕組み強化が不可欠。

最後に自己内観カウンセラーの一言

「事故は統計ではなく、一人ひとりの命です。

制度や利便性の背後で見過ごされがちな命の重さに、社会全体で目を向ける必要があります。」

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